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東京地方裁判所 昭和26年(ワ)2822号 判決

参加人(反訴被告) 柏崎米吉

原告(反訴被告) 戸田氏直

被告(反訴原告) 中山三行

主文

被告が別紙目録〈省略〉記載の土地について、昭和二十二年三月一日原、被告間に締結された賃貸借契約(普通建物所有の目的、賃料一ケ月千五百円毎月末日払期間引渡の時より十年)に基く賃借権を有しないことを確認する。

原告のその余の請求を棄却する。

参加人の原告に対する請求を棄却し、被告に対する請求を却下する。

反訴原告の反訴被告戸田に対する反訴を却下し、反訴原告の反訴被告柏崎に対する反訴請求を却下する。

訴訟費用中、参加人の参加前に生じたものは被告の負担とし、参加人の参加以後に生じたものは本訴並に反訴を通じて、これを二分し、その一宛を参加人(反訴被告)と被告(反訴原告)の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告に対し、

「一、被告が別紙目録記載の土地(以下本件土地と言ふ)につき。昭和二十二年三月一日原告と被告との間に締結された賃貸借契約(普通建物所有の目的、賃料一ケ月千五百円毎月末日払、期間引渡の時より十年)に基く賃借権を有しないことを確認する。

二、被告は前項の土地の原告の占有を妨害してはならない。

右第二項にして理由なきことは、

三、被告は原告に対し、第一項記載の土地を明渡せ。

四、訴訟費用は被告の負担とする。」

旨の判決並に右第三項について仮執行の宣言を求める、と申立て、

請求の原因として、

「本件土地は原告の所有であるが、原告は昭和二十二年三月一日当時進駐軍に接収されて居た本件土地を、

(一)  本件土地の引渡は進駐軍の接収の解除或ひはその使用許可のあつた時に為す。

(二)  普通建物の所有を目的とし、借主は契約締結の日より右引渡の日迄は本件土地の使用収益ができないが、なほ賃料として一ケ月千五百円を毎月末日限り支払ふこととし、右引渡後の賃料は協議の上定める。期間は右引渡の日から十年とする。

(三)  借主において賃料の支払を怠つた時又は信義に反する行為のあつた時は貸主は催告を要せず直ちに契約を解除することができる。

旨の約定の下に被告に賃貸した。昭和二十四年六月二十二日に至り米第八軍より横浜特別局長を通じて原告に対して、昭和二十三年十一月九日を以て進駐軍による接収が解除された旨の通知があつたが被告はこれに先立つ同年五月三日原告の承諾も得ずに、右賃借権を訴外古張太郎、北島すい等を介して参加人柏崎に巨額の対価を以て譲渡する旨の契約を為して居たのである。被告の右所為は前記約旨(三)に所謂借主に信義に反する行為があつた場合に該当するものであるから、原告はこれを理由として昭和二十五年一月二十一日被告に到達した書面を以て右賃貸借契約を解除する旨の意思表示を為した。よつて右賃貸借契約は同日を以て解除されたものである。

仮に右主張が認められないとしても、被告は右賃貸借契約に基く昭和二十四年三月一日以降昭和二十五年五月末迄の賃料(昭和二十三年六月分より一ケ月二千円、昭和二十四年七月分より一ケ月二千五百円に合意値上げされたものである)を支払つて居なかつたから原告は右約旨(三)前段により昭和二十六年十二月二十八日被告に到達した書面で、右賃料不払を理由として本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。よつて同日を以て本件賃貸借契約は解除せられたものである。

以上の如く被告は昭和二十二年三月一日原被告間に成立した本件土地についての本件賃貸借契約に基く賃借権を有しないものであるのに、被告はこれを争ふので、右賃借権を有しないことの確認を求める。

次に本件土地は原告の所有であり、右接収解除通知によつて原告はその占有を取得したのであるが、被告は本件土地につき賃借権ありと称してこれを参加人に譲渡し、更に訴外町井治郎等にも譲渡しようとして奔走して居り、その譲受人と称する者等が本件土地に立入り、その上に建物を築造してしまふ虞がある。かかる自称譲受人等の行為は結局被告が同訴外人等をして為さしめる原告の本件土地に対する占有の侵害であるから原告は本件土地の占有権に基き被告に対し本件土地の原告の占有を妨害すべからざることを請求する。

右請求にして理由なく、被告が既に本件土地を占有して居るものとするならば原告は所有権に基いてその明渡を求めるものである」。と述べ、更に

被告の答弁に対し

「被告が昭和二十四年四月二十四日原告の代理人訴外長田三保二に対し、昭和二十五年一月分から三月分迄の約定賃料合計七千五百円を提供したとの事実並に長田三保二がその受領を拒絶したとの事実はいづれも否認する。

又原告が被告主張の通り本件土地を訴外神奈川県に売渡し、その所有権移転登記が経由されていることは認める。」と述べた。

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、との判決を求め、

「原告主張事実中昭和二十二年三月一日被告が原告主張の(一)(二)の約旨の下に、当時原告の所有であり且つ進駐軍に接収されて居た本件土地を原告から賃借したことは事実であるが、その契約に原告主張(三)の如き特約があつたとの事実は否認する。

原告主張の通りに本件土地の接収が解除され、その通知が原告に到達したこと、被告が昭和二十五年一月分以降の右約定賃料(契約締結後原告主張の通り合意増額されて居た)の支払をして居ないこと、原告主張の通りの右契約解除通知がそれぞれ原告主張の日に被告に到達したことは認めるが、被告が原告主張の如く賃借権の譲渡契約を為したとの事実、被告が昭和二十四年三月一日以降同年十二月末日迄の右約定賃料の支払をして居ないとの事実、原告が本件土地を占有して居るとの事実、被告が本件土地の原告の占有を妨害する虞れがあるとの事実並に被告が本件土地を占有して居るとの事実は否認する。

被告が原告から本件土地を賃借したのは原告の代理人として本件土地を管理して居た古長六郎の勧誘によるのであるが、古長は右賃借の始めから賃借権の譲渡を当然のこととして承諾し、原告自身もこれを承諾して居ることを明言し、被告の為に右賃借権譲渡の仲介に奔走したのである。被告はその古長の紹介により昭和二十四年五月三日、当時横浜市における不動産売買並に仲介業の有力者と称する参加人に始めて面接したのである。その席上において被告と参加人との間に為された話合は、参加人において被告の為に右賃借権の譲受人をさがすこと、取引については譲渡価格が幾何であつても被告は手取り二百七十万円で満足すること、その取引には被告並に訴外稲垣留七が立会ひ、譲渡代金は被告が直接譲受人から受領すること等をその骨子とするものであり、その際参加人並に古長は譲受人も殆んど決定して居るので短時日の間に取引ができるのであろうからその取引の日時、場所を被告に通知することを約したのである。右の如く被告は右賃借権を参加人に譲渡するとの契約をしたものではなく、単に参加人に譲渡の仲介を依頼しただけであり、参加人の仲介も成功しなかつたのであつて、被告は何人にも右賃借権を譲渡したことはないのである。されば被告は原告主張の様な信義に反する行為なるものはなかつたのである。

仮に原告主張の如く被告において右賃借権を参加人に譲渡する契約をしたものと認められるとしても、該契約はその後昭和二十四年八月十三日頃迄の間に被告の代理人古長六郎と参加人との間において合意の上解除されたものであり、然も前述の如く原告の代理人古長六郎は被告に対し右賃借権を譲渡するについて承諾を与へ、自らその仲介の労をとつたのであり、更に原告自身も右賃借権の譲渡を承諾して居る事を度々言明して居たのであつて、又被告の所為を以て信義に反するものと言ふことはできない。

されば、原告の被告に信義に反する行為があつたことを理由とする契約解除の意思表示は解除の効果を生じ得ないものである。

次に右約定賃料が昭和二十三年六月分から一ケ月二千円に、昭和二十四七月分から一ケ月二千五百円に合意増額されて居たことは事実であるが、被告は昭和二十四年三月分より同年十二月分迄の賃料については原告の代理人として本件土地を管理して居た古長六郎に支払済であつたし、又昭和二十五年一月分より同年三月分迄の賃料については同年四月二十四日原告の代理人長田三保二に面接し、合計七千五百円を現実に提供したが、長田三保二は被告の右賃借権の存否については係争中であるとの理由でその受領を拒絶し、将来紛争の解決を見る迄賃料の不払を理由として不利益を強ひることはない旨明言したのであつて、被告において約定賃料の不払について遅滞の責はない。又仮に被告に遅滞の責ありとするも、原告主張の様に催告を俟たず直ちに契約を解除することができる旨の特約は存しなかつたのであつて、従つて原告が被告の賃料の支払遅滞を理由として右契約を解除しようとするならば、予め相当の期間を定めて履行の催告をしなければならないものであるのに原告はこれを為して居ないから、原告の被告が賃料支払を遅滞していることを理由とした契約解除通知も解除の効果を生じ得ないものである。

次に本件土地は原告の所有であつたが昭和二十六年三月二十六日本件土地を訴外国及び神奈川県に売渡し同年五月二十九日その所有権移転登記が経由され、原告は現在本件土地を占有もしてゐないし所有もしてゐない。又被告は昭和二十三年十一月九日本件土地の接収解除が決定された直後本件土地の占有を取得した古長六郎からその引渡を受けたのであるが、その後昭和二十五年五月末頃原告にその占有を奪はれたものであつて、現在本件土地を占有して居るものではない。」と述べた。

参加代理人は、原告並に被告に対し、

「参加人が別紙目録記載の土地につき、昭和二十二年三月一日原被告間に成立した賃貸借契約に基く貸主原告、普通建物所有の目的、賃料一ケ月二千五百円毎月末日払、期間引渡後十年間なる賃借権を有することを確認する。

訴訟費用は原告並に被告の負担とする。」

旨の判決を求めると申立て、請求の原因として、

「被告は昭和二十二年三月一日当時進駐軍に接収されて居た本件土地を

(一)  本件土地の引渡は進駐軍の接収の解除或ひは使用許可のあつた時に為す。

(二)  契約締結の日より右引渡の日迄は賃料として一ケ月千五百円を毎月末日限り支払ふこととし、右引渡後の賃料は協議の上定める。期間は右引渡の日から十年とする。

旨の約定の下に原告より賃借した。

参加人はかねて本件土地の所有権或ひは借地権を得たいと希望して居たのであるが、たまたま北島すいより被告が右賃借権を譲渡する意思があることを聞知し、同人を介して被告より右賃借権の譲渡につき一切の権限を附与されて居た古長六郎と面接し、昭和二十三年十一月七日被告の代理人古長との間に将来被告は参加人に右賃借権を譲渡することとし、参加人においてこれを譲受けることとする旨の約定を結んだ。右約定に基き、参加人は古長の仲立ちにより昭和二十四年五月三日被告と面接し、正式に被告との間に参加人において被告から被告の有する右賃借権を対価二百七十万円で譲受ける旨の契約を締び、被告は参加人の申出により宛名欄だけを空白にした譲渡証書等を作成して参加人に交付したものである。そこで参加人は直接又は北島を介して被告の代理人である古長に対し接収解除の為の運動費用をも含めて、昭和二十四年九月十日迄に右対価を超える金額の支払を了つたものである。然も右賃借権の譲渡については、被告に対する右賃貸の始めから、原告の代理人である古長が被告に対し予めその承諾を与へて居たものであり、右譲渡契約締結の際も古長は自らこれに立会ひ、その譲渡について承諾を与へたものである。これにより参加人は被告の有して居た右賃借権(賃料は一ケ月二千五百円に増額された)を取得したものであるから、その確認を求めるものである。」と述べ、

原告の抗弁に対し、「参加人が昭和二十四年十月分の賃料二千五百円を支払つて居なかつたこと、原告主張の通りに契約解除の通知が参加人に到達したことは認めるが、原告主張の様な特約があつたとの事実は否認する。原告主張の様な催告を要しない旨の特約はなかつたのであるから、原告が参加人の賃料支払遅滞を理由として契約を解除するには、予め相当の期間を定めて賃料の支払を催告しなければならないものであるのに原告はこれを為さなかつたから原告の為した右解除の意思表示は解除の効果を生じなかつたものである。なほ参加人は原告の右解除通知を催告と見て賃料の提供をしても原告がこれを受領しないことは明らかであるからその提供を略して昭和二十四年十月分より昭和二十六年十二月分迄の一ケ月二千五百円の割合による賃料を昭和二十七年一月八日に供託してある。」と述べ

被告の抗弁に対し、「被告主張の合意解除がなされたとの事実は否認する。」と述べた。

原告訴訟代理人は、参加人の請求を棄却する、との判決を求め、

「参加人主張事実中、原告が参加人主張の如く被告に対し進駐軍に接収中であつた本件土地を賃貸したこと、参加人がその主張の如く被告から右賃借権を譲受ける旨の契約をしたことは認めるが、古長六郎が原告に代つて右賃借権の譲渡につき承諾を与へる権限を有して居たとの事実は否認する、古長が右賃借権の譲渡について承諾を与へたかどうかは知らない。古長は原告の依頼を受けて本件土地の管理に当つて居たものであるが、参加人主張の様な権限は附与されて居なかつたものである。」と述べ、

抗弁として、「仮に右賃借権の譲渡について、原告の承諾があつたものと認められるとするならば、参加人は昭和二十四年五月三日以降原告に対し賃料を支払ふべき義務があるものであるが、参加人は昭和二十四年十月分の賃料(一ケ月二千五百円に増額されて居た)の支払をしなかつた。原被告間の賃貸借契約には借主において賃料の支払を怠つた時は貸主において催告を俟たず直ちに契約を解除することができる旨の特約があつたのであるから被告の賃借権を承継した参加人も亦右特約の拘束を受けることは言ふまでもない。よつて原告は右特約に基き、参加人の右賃料の不払を理由とし、昭和二十六年十二月二十八日参加人に到達した書面で参加人との間の契約を解除する旨の意思表示をなしたから、原告と参加人との間に成立するに至つた賃貸借契約は同日を以て解除されたものである。」と述べた。

被告訴訟代理人は、参加人の請求を棄却する、との判決を求め、「参加人主張事実中、被告が参加人主張の通りに当時進駐軍に接収されて居た本件土地を原告から賃借したことは認めるが、被告が右賃借権を参加人に譲渡し、対価を受領したとの事実は否認する。被告は参加人に右賃借権譲渡の仲介を依頼したことがあるだけであつてこれを参加人に譲渡したことはない(詳細は本訴に於ける被告の主張と同一であるから引用する)し、被告は古長六郎にも、北島すいにも右賃借権の譲渡、その対価受領の権限を附与したことはない。」と述べ

抗弁として、「仮に被告が参加人主張の通りに右賃借権を参加人に譲渡したとしても、該契約はその後昭和二十四年八月十三日頃迄の間に被告の代理人古長と参加人との間において合意の上解除されたものである。」と述べた。

反訴原告代理人は反訴被告両名に対する関係において、

「反訴原告が別紙目録記載の土地について貸主反訴被告戸田氏直普通建物所有を目的とする賃料一ケ月二千五百円毎月末日払、期間昭和五十四年六月二十二日なる賃借権を有することを確認する。反訴費用は反訴被告等の負担とする。」旨の判決を求めると申立て、請求の原因として

「反訴原告は昭和二十二年三月一日、反訴被告戸田より当時進駐軍に接収されて居た本件土地を、

(一)  本件土地の引渡は、進駐軍の接収の解除又は使用許可のあつた時に為す。

(二)  普通の建物所有を目的とし契約の日より右引渡迄は借主において本件土地を使用収益することはできないが、なほ賃料として一ケ月千五百円を毎月末日限り支払ふこととし、右引渡後の賃料は協議の上定める。期間は右引渡の日から十年とする。

との約旨の下に賃借した。その後昭和二十三年十一月九日を以て本件土地の接収が解除された旨昭和二十四年六月二十二日反訴被告戸田に通知され、同日より本件土地の使用が可能となつたのであるから、借地法第三条、第二条第一項の趣旨よりして右賃貸借は昭和二十四年六月二十二日より三十年間となるものと言はなくてはならない。然る処反訴被告等は反訴原告が右賃借権を有することを争つて居るので、反訴被告等に対する関係で反訴原告が右賃借権を有することの確認を求めるものである。」と述べた外反訴における反訴被告等の主張並に之に対する反訴原告の主張は、本訴並に参加事件におけるそれぞれの主張と同一であるからここに引用する。

〈立証省略〉

理由

第一、先づ原告の被告に対する賃借権不存在確認請求及び参加人の原告に対する請求について判断する。

昭和二十二年三月一日被告が原告より当時進駐軍に接収されて居た本件土地を、

(一)  本件土地の引渡は進駐軍の接収解除或ひはその使用許可のあつた時に為す。

(二)  普通建物の所有を目的とし、借主は契約締結の日より右引渡の日迄は本件土地の使用収益ができないが、なほ賃料として一ケ月千五百円を毎月末日限り支払ふこととし、右引渡後の賃料は協議の上定める期間は右引渡の日から十年とする。

との約旨の下に賃借したことは本件三当事者間に争がない。成立に争のない甲第二号証並に乙第一号証の一によると、右契約には借主において不信義の行為のあつた時は貸主において右契約を解除することができる旨の約定が附せられて居たものであることが認められる。そこで次に原告並に参加人の主張する様に被告が昭和二十四年五月三日右賃借権を参加人に譲渡するとの契約をなしたことがあるかどうかの点について判断する。

証人古長六郎(第一、二回)、北島すい(第一、二回)の各証言並に参加人本人訊問の結果中には原告及び参加人の右主張に沿ふ趣旨の供述があるけれども、これらの供述は信用できない(この点後述参照)し、証人渡辺郁太郎、立川次郎(第一回)磯内篤の各証言中にも略々右同旨の供述があるがその部分の供述は伝聞であつて的確さを保し難く、これを以て原告及び参加人の右主張事実を認定することはできない。丙第一号証は被告本人訊問の結果によつて、その日附並に名宛人氏名を除く部分について真正に成立したものであることが認められるのであるが、証人古長六郎の証言(第一回)並に参加人本人訊問の結果によると、少くともその名宛人氏名「柏崎米吉」とある部分は、その日附である昭和二十四年五月三日より遥かに後である昭和二十五年十二月に至つて古長六郎が記入したものであることが認められ、然も、古長が名宛人氏名を記入するについては被告の承諾を得て居たものと認めるに足る証拠は全くないので、丙第一号証を以て原告及び参加人の主張する右譲渡契約成立の事実を認めることはできない。右の事情は丙第二、第三、第六号証についても同様である。将来共同者を加入させる為に譲渡契約書の名宛人氏名欄を空白にさせたとする参加人の弁疏は丙第一号証のみについては肯定し得る処があるとしても、丙第三、第六号証の対価の受領証の名宛人氏名まで空白にしなければならない理由は別に発見できず、右の如き参加人の弁疏は受領証の点についてまで名宛人氏名を空欄にした理由を納得せしめ得るものではない。成立に争のない甲第八号証の二、は証人古長六郎の証言(第一回)並に被告本人訊問の結果によると古長六郎がその草案を作り、被告に手写せしめたものと認められ、又その内容も昭和二十三年十一月に参加人と契約した事実のあることを認めて居るが、その契約内容は何等明らかにされて居らずその余は譲渡契約ありと仮定した上での反駁であるに過ぎず、これを以て原告及び参加人の右主張事実を認定することはできないのである。又昭和二十三年十一月譲渡契約が為されたとの事実は原告も参加人も主張しない処であり、又かかる事実の存在を認めるに足る証拠は全くない。(証人北島すいの証言が信用できないことは前示の通りである。)成立に争のない甲第十三号証の一、二中には被告が昭和二十四年五月古長に前記の借地を坪当り五千円で転貸を任せ近く権利金を受領し得る旨の記載があるのであるが、その内容から見て転貸と譲渡との差について度外視するとしても、その契約が原告及び参加人の主張する処を指称するものであるか否か断定し難いので、これを以て原告及び参加人の右主張事実を認定することはできない。又被告本人訊問の結果によつて真正に成立したものと認められる丙第十二第十三第二十四号証の各二は、これを綜合通観すると、被告が参加人と契約し、その契約によると所定の日に金員の支払が為さるべき旨の約定のあつたことを窺はしめる記載があるのであるが、その契約内容は明らかにされて居らず、更に一応参加人において右賃借権を他に処分することを前提とするのであるが、他から譲受の申入もあるので、参加人において処理しかねるときは被告において自から処理すべきことを述べて居るのであるから右契約内容は前記賃借権について被告が全面的に処分権を失ふ底のものでないことが推察されるのであつて、これら丙号証を以て原告及び参加人の右主張事実を認めることはできない。その他本件全証拠を以てするも昭和二十四年五月三日被告が右賃借権を参加人に譲渡する旨の契約を為したとの事実を認めることはできない。

証人古長六郎の証言(第一、二回)、並に被告本人訊問の結果、参加人本人訊問の結果を綜合すると、昭和二十四年五月三日古長六郎宅に被告と参加人とが参会し、古長六郎の立合の下に被告の右賃借権の処分について何等かの話合が行われた事実のあつたことは明らかである。丙第二十四号証の二、証人古長六郎の証言(第二回)によつて真正に成立したものと認められる乙第六号証の二及び被告本人訊問の結果を綜合すると、被告は昭和二十四年八月七日当時参加人の正確な氏名も住所も知らず横浜の人と称して、古長に対し、その氏名住所を知らせて呉れる様求めて居るのであり、古長六郎はこれに対し、同年八月十三日附の書面で被告の求めを異とせず参加人の氏名住所を被告に報知して居る外横浜の方(参加人を指す)からは吉報なく、却つて参加人は横浜では売物にならず駄目だと言つて居る旨返信して居る上「勿論あの契約(被告と参加人間の)は解消でよい」旨まで附記して居ることが認められる。して見ると昭和二十四年五月三日古長宅における被告と参加人との話合が古長六郎や参加人の述べる様に右賃借権の譲渡契約であるとすると、譲渡人である被告は二百七十万円の対価の支払を受くべき譲受人の氏名住所を知らなかつたと言ふことになり、常人には到底納得できないことであるし、更に古長六郎や参加人の述べる様に右契約に基き接収解除の運動費を含めてであり二百七十万円以上の金額を被告の代理人である古長六郎に支払つて居たのであるとすれば、尚も弁護士である古長が乙第六号証の二の様に勿論あの契約は解消でよい旨の書簡を出したのは何故であるか(この点の参加人の弁疏の如きは到底採り得ない)を納得することができない。然も証人古長六郎の証言(第二回)によつて真正に成立したものと認められる乙第十七号証の二及び証人稲垣留七、山本忠義の各証言並に被告本人訊問の結果を綜合すると、古長六郎は昭和二十四年五月三日以後においても被告の為に右賃借権の譲渡に奔走した外、被告が本件土地の賃借人として本件土地上の国有物件の払下を申請するについて援助を与えて来た事実が認められるのであるがこれらの事実について全く説明に窮することとなる。これらの点を綜合すると昭和二十四年五月三日参加人と被告との間において本件土地について為された話合は参加人や古長六郎が述べて居る様な賃借権を参加人に譲渡する契約ではなくて、被告本人訊問の結果に現はれて居る様に被告において参加人に賃借権の譲渡について仲介を依頼したものと見る外はない。又参加人本人訊問の結果や証人古長六郎の証言(第一、二回)等の中に現はれて居る金員授受の点も、右の処からして必ずしも信用できず、証人古長六郎の証言(第二回)によつて真正に成立したものと認められる乙第十三号証の一、二について、同証人の証言によると、同証記載の如き賃借はないとのことであるし、何が故に弁護士である古長六郎がかかる虚偽の借用証を作成しなければならなかつたかについては、古長六郎の弁疏は到底採るに価ひしないものであるし他にこれを納得せしめる事情はない。かかる事情から推して乙第十三号証の三乃至十一についても、それが真正に成立したものであつてもなほ対価としての金員授受があつたことを認めるに足るものではない。被告本人訊問の結果によると、古長六郎は、昭和二十五年十二月から翌年三月迄の間に再三被告に対し本件土地の中二百坪を渡辺郁太郎に渡すことについて承諾を求めた事実が認められるし、証人古長六郎の証言(第二回)によつて古長六郎が被告に対し手書することを要求した詫状の草案であることが認められる乙第十四号証の存在を右の事実と考へ併せると、古長六郎や参加人の述べる様な対価金授受の事実も肯定し難いのである。

以上の如く被告が参加人に対し本件土地の賃借権を譲渡する旨の契約をしたとの事実はこれを認めることができず原告の参加人外一名と主張するその外一名なるものは具体的に特定もされていないので参加人以外の者に対する譲渡契約の事実は全く認めるに由なきものである。されば被告の賃借権譲渡契約を為したことを理由とする原告の賃貸借契約解除の主張はその余の点について判断する迄もなく理由のないものと言ふべく、又参加人の原告に対する請求も理由のないものであるから棄却を免れない。

そこで次に原告の賃料支払の遅滞を理由とする契約解除の主張について判断する。本件賃貸借における昭和二十四年七月分以降賃料が一ケ月二千五百円に合意の上改訂されて居たこと、及び昭和二十四年十二月分迄の賃料は別として、被告が昭和二十五年一月分以降の賃料を支払つて居なかつたことは当事者間に争がない。そこで昭和二十五年四月二十三、四日頃被告が原告の代理人長田三保二に賃料を提供した事実があるかどうかについて検討することとする。証人林一夫の証言中には同人が被告から賃料を支払ひに行くこと、並に賃料を支払はうとしたが長田三保二が受取らなかつたとのことを聞いた旨の供述があるが、同証人の証言によれば同証人は当日被告と同行して共に長田三保二に面接して居ることが認められるが、同人の列席中に賃料の提供は行はれて居らず、同証人が長田三保二の求めにより暫時退席して居る間に提供が為されたとのことを被告から聞いたというのであり又証人稲垣留七の証言中にも被告が長田三保二に賃料を支払はうとしたが拒絶された旨の供述があるが、同証人の証言よりしてもその供述は被告からの伝聞であることは明らかであり何れも前示提供の事実についての的確な証拠と認めることはできない。被告本人訊問の結果中には、被告は昭和二十五年四月中に昭和二十五年一月分から三月分迄の賃料合計七千五百円を持参し、長田三保二に面接し、持参した賃料を受領して呉れるよう申出でた旨の供述があるが、他方証人長田三保二の証言によれば同証人はかかる提供を受けたことはない旨供述して居るし、又成立に争のない乙第十八号証の二は、その日附及び内容からして被告が賃料を提供したりとする長田三保二との面接の直後に被告が長田三保二に宛て発した書簡と考えられるが、右面接の際話題となつた本件土地売却代金配分の件についてのみ主張を掲げ、賃料の提供、受領の拒絶については言及する処が全くないこと等から推して、右被告本人の供述はこれを以て被告主張の提供の事実を認めしめるに足るものではないし、他に被告主張の提供の事実を認めるに足る証拠もない。されば被告は昭和二十六年十二月二十八日当時において、昭和二十五年一月分以降の賃料の支払を遅滞して居たものと言ふ外はない。しかも原告が昭和二十六年十二月二十八日被告に到達の書面で、被告が昭和二十四年三月分以降の賃料支払遅滞を理由として本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示を為したことは当事者間に争がない。よつて右賃料支払の催告の要否について考へる。成立に争のない甲第二号証によれば原被告間の本件賃貸借契約には、第一より第七に分けて条項を列挙して居るが、その第六において「賃借人に付き左の事実あるときは賃貸人は契約の解除を為すことを得」とし、「(イ)地上を改変すべき施設其の他近隣の妨害となり苦情を受くべき行為ありたるとき、(ロ)賃料の支払を怠りたるとき、(ハ)其の他不信義の行為ありたるとき。」と定め第八に於て右第一乃至第七に定めたる外総て民法及借地法の規定によることと定められて居たことが認められる。右第一乃至第七に定める処は必ずしも民法、借地法の規定せざる処だけではなく、全く相一致する部分も存するけれども右約定の形態からして、少くとも第一乃至第七において定められて居る処が民法、借地法の規定に優先して適用さるべきものと定められて居たと言はなくてはならない。賃借人が賃料の支払を怠つた場合賃貸人が相当の期間を定めてその支払を催告した上契約を解除し得ることは民法第五百四十一条の定める当然のことであつて、特に右の如き約定を俟つものではない。さればこの民法の規定に優先して適用さるべきものとして合意された右第六の条項は一応民法第五百四十一条の規定とは異る趣旨を定めたものと解するのが素直な見方であろう。右第六は、土地の形質を変更すべき施設の設置、近隣の妨害となり苦情を受くべき行為、賃料支払の遅滞その他不信義の行為をあげ賃借人において右行為を為したときは賃貸人において契約を解除し得るものと定めて居るものであるから、これを通観すれば、本件契約において賃貸人が契約の存続を容認し難い賃貸人の信義則違背の行為があつた時は賃貸人に解除権が発生するものと定めて居り、その信義違背の行為の一つとして賃料の支払遅滞を挙げて居るものと解するのが相当である。されば本件契約において賃貸人が賃料の支払を遅滞した時は賃貸人に契約解除権が発生するものと言ふべく(賃貸人が延滞賃料を異議なく受領した場合、期限の猶予乃至解除権の抛棄と見られる場合もあらう。)従つて賃貸人である原告が本件賃貸借契約に基き賃料支払遅滞を理由として本件契約を解除するについて、予め履行の催告を必要とするものではない。されば原告の昭和二十六年十二月二十八日被告に到達した右解除通知によつて本件賃貸借契約は解除せられて終了したものと認められるので、原告の被告に対する本件土地についての賃借権不存在確認の請求は理由があるからこれを認容すべきものである。

第二、原告の被告に対する占有保全の請求について

原告は被告が第三者をして本件土地に立入らしめ、ここに建物等を築造せしめる危険があると主張するが、本件全証拠を以てするもかかる事実の存在することを認めることはできないから、この点の原告の請求はその余の点を判断する迄もなく失当であるからこれを棄却する。

第三、原告の被告に対する本件土地の明渡を求める請求について

本件土地がもと原告の所有であつたことは当事者間に争がないが昭和二十六年三月二十六日原告が本件土地を訴外国並に神奈川県に売渡してしまつたことも原告の認める処であるから、本件土地の所有権に基くこの点の原告の請求もその余の点について判断する迄もなく失当であるからこれを棄却する。

本件反訴中反訴原告の反訴被告戸田に対し、賃借権存在確認を求める部分について

反訴原告において反訴被告戸田に対して存在の確認を求める賃借権は、その権利内容の表示において反訴被告戸田が本訴において不存在確認を求める賃借権と多少の差異があるけれども、反訴原告が請求の原因として主張する事実関係から見ると、その何れも昭和二十二年三月一日本件土地について反訴原告と反訴被告戸田との間に成立した同一の賃貸借契約に基くものであるから、その発生原因並に権利者、義務者を同じくする同一の賃借権であることは明らかである。従つて本訴と本件反訴中右の部分とは消極的不存在確認との差はあるが、同一の賃借権の存否の確認を求める訴訟である。ところで消極的に不存在確認を求めるのと積極的に存在確認を求めるのとの差異は、当事者間がその訴訟に参与するについての形式的地位(原告となり或ひは被告となるその訴訟上の地位)の違ひから生ずる形式上のものに過ぎず、その実体は同一のものであり、本訴についての判決の既判力と反訴中右の部分についての判決の既判力とその範囲内容が全く同一である。従つて本訴と本件反訴中右の部分は同一訴訟と言はなくてはならず本訴提起後に提起されたものである本件反訴中右の部分は民事訴訟法第二百三十一条により不適法であるから、これを却下することとする。

参加人の被告に対する請求並に反訴原告の反訴被告柏崎に対する反訴請求について

参加人の被告に対する請求は被告との間において、昭和二十二年三月一日原被告間に成立した別紙目録記載の土地について、成立した賃貸借契約に因り発生した賃借権の現在の権利者が参加人であることの確認を求めるもの、又反訴原告の反訴被告柏崎に対する請求は、反訴被告柏崎との間において、反訴原告が右の賃借権を有することの確認を求めるものであるが、元来確認訴訟が許容されるのは、当事者間において現在の権利義務の存否又は法律関係について紛争が存し当事者間において現在の権利乃至法律関係の不明確が生じている場合に、公権力(判決の既判力等)により右関係を明確にすることにより原告となつて居る者の実体上の権利乃至法律上の地位を安定せしめ、その明確にしただけで、執行その他の処置を要しないで原告の法的保護が全うされる場合でなければならない。従つて、単に確認の対象となつて居る権利の存否について紛争があると言ふだけでは足らず、その紛争即ち存否の不明確によつて原告となれる者の実体上の権利乃至法律上の地位が不明確となつて居り右存否の不明確が明確にされることによつて原告となれる者の実体上の権利乃至法律上の地位が明確となる場合であることを要するのであるところで言ふまでもなく賃借権は債権であつて借主が貸主に対して契約所定の作為、不作為を請求することのできる権能であつて特段の事情のない限り、その貸主以外の者に対し作為、不作為を請求し得るものではない。されば本件賃貸借契約における貸主たる原告以外の者が参加人又は反訴原告の賃借権を否認したからと言つて参加人又は反訴原告が貸主原告に対する関係で契約所定の使用収益を為し得るかどうかが不明確になる訳ではなく、又貸主たる原告以外の者との関係において参加人又は反訴原告がその主張の賃借権を有することを確定して貰つたところで貸主に対する関係で賃借人として使用収益ができる権利が明確になるわけではないので特段の事情の認められない限り、参加人乃至反訴原告がその主張する賃借権について被告乃至反訴被告柏崎に対する関係において確認を求めることは利益のないもの(通常の場合、債権者と称するものの間だけで債権の帰属を確定しても、その確定のための訴訟に債務者が参加しない場合は、上叙確定に債務者は拘束されない結果、債権者間の権利帰属と債権者等と債務者間の債権者の確定とが異る結果となることが考へられ、却つて紛淆を来すことさへあらう。しかもこの場合、債権者として、債権の実利を得る者は、債務者との間に権利者と確定されたものだけであつて、債権者と称するものの間に確定された権利の帰属は問題とならない。)と言ふべきところ、右利益の存在を認めさせるような特段の事情を認め得る証拠のない本件では参加人の被告に対する賃借権確認請求並に反訴原告の反訴被告柏崎に対する賃借権確認請求は何れも、その利益のないものであつて却下を免れない。

よつて訴訟費用中、参加人の参加前に生じた部分については原被告間に民事訴訟法第八十九条第九十二条但書を適用して被告の負担とし、参加人の参加後に生じた部分(反訴の費用を含めて)については原告と参加人との間に同法第八十九条を、原告と被告との間に同法第八十九条第九十二条但書を、又反訴原告と反訴被告戸田との間に同法第八十九条を、参加人と被告との間に同法第八十九条を、反訴原告と反訴被告柏崎との間に同法第八十九条を適用し、結局、参加以後の訴訟費用はこれを二分し、その一宛を参加人と被告の負担とし主文の通り判決する。

(裁判官 毛利野富治郎 桑原正憲 山田尚)

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